鳳雅禅士

頭陀袋066 雲 無心

「都市に住みビジネスに走り回る人々はつまらないことでいがみ合い怒鳴り合ったりしている。空を仰ぐことを忘れているからだ。

空はいい。雲が形を一瞬一瞬変えながら流れていく。こだわりなど、どこにもない。

雲は無心にして咄を出で、鳥は飛ぶに倦んで還るを知る。(帰去来の言葉)陶淵明は大空を仰いで天地自然のこだわりのない無心の感動を覚えている。

詩人の魂に都市の生活に疲れたじぶんの心を比べると涙が出るほど今の自分のみじめさがわかる。

どうしてこんなに心が乾いてしまったのだろうか。そんなとき一日、空を仰いでみる。乾いた心を溶かしてくれるのがよくわかる。

ご報告

十一月十一日ご本尊聖観世音菩薩慶賛法要,宗祖、隠元禅師追悼並びに檀信徒各家先祖供養が務まりました。

66ss.jpg当日は黄檗宗管長、近藤博道猊下,
名古屋真聖寺:木村信安和尚様
岐阜市真聖寺:村瀬正光和尚様。
各務ヶ原清見寺:中野妙照禅尼様
宗猷寺:今城東徹和尚様
恩林寺住職、徒弟:鳳雅禅士が加担くださいました。

恩林寺で管長猊下をお迎えするというのは実に八十年ぶりでありまして大変うれしいことでした。引きつずき猊下の御親教があり、次に犬山市先聖寺住職:芹沢保道老師の、黄檗文化と私たちの生活について、と題し、隠元禅師の生い立ち、禅師がもたらした煎茶、食材、思想などの興味深いお話があり、皆さんで食事をしたのち解散いたしました。
管長猊下は翌日にも御親教を控えておられご多忙の中の御巡錫でした。

住職合掌

頭陀袋066 雲 無心

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平成29年 2019/02/10takenoko

頭陀袋067 行く年・くる年

行く年

平成二十九年は住職にとりまして有意義な年でありました。

春の彼岸会ののち、六月にはお施餓鬼、本堂の屋根葺き替え工事、十一月には管長猊下の御巡錫と続き、あわただしく過ぎ去りました。また、長年勤務いたしました会社を退職し、法務に専念できるようになりました。少しゆったりできるかと思いましたが、予想より多忙な毎日でした。

まず健康で檀信徒様に寄り添うことができるよう心掛けてまいりたいとかんがえております。

考えてみますと檀信徒様のご家庭でもいろいろな事がありました。今後とも住職にできることがありましたらお声をかけていただきたいと思っております。

人には八万四千の煩悩があるといわれております。これを縮めて百八。 恩林寺では碁石の白を五十四個、黒を五十四個用意し、除夜の鐘に備えます。午後十一時過ぎ、鐘をつき始めます。白い碁石を、鐘一打ごとに別の箱に移します。白がなくなると半分突き終わる事になります。こうして私たちはこの一年の心の整理をして、新しい年を迎えます。

除夜の鐘

当日は、どなたでもご参加いただき、どなたでも鐘をついていただけます。

くる年

禅宗の言葉に、日、日、これ好日。という言葉があります。毎日、毎日がかけがえのない一日であり、大切な一日であります。与えられた一日を無駄にしないよう今年も一年頑張りたいと思います。

さて先般、檀家さんから言われたのですが、「頭陀袋にはいろいろいいことが書いてあるけどなかなか書いてある通りにはいかんもな。」

そこではっとしました。書いてあるだけでは空説法。実践が大切やなあ。今年は日日是好日とするために声を出して実践しましょう。
ありがとう。おかげさまで。少し照れ臭いですが思い切って口に出してみましょう。毎日良い日がむかえられます。

237031.pngくる年は一昨年得度しました鳳雅禅士が黄檗山学生寮に入寮し、大学生活を送ることになりました。日頃の檀信徒様のご支援のおかげと感謝いたしております。

お寺の行事は、春のお彼岸、六月のお施 餓鬼、秋の彼岸会と続きます。その都度、ご案内をいたしたいと考えております。
お寺で会合をしたい方、お寺での催し、空いている限り開放いたします。御親族、お世話になった方のご供養。観音様のお参り。
どうぞ声をかけていただきたいと 思っております。

住職合掌

頭陀袋067 行く年・くる年

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平成30年 2019/02/16takenoko

頭陀袋070 一分は生まれつき、九分は親の教え

うちの子はハイハイをし出すのが遅いような気がする…?

隣の子はひらがなが読めるのに、うちの子はどうしてまだ読めないのだろう…?

なぜ、うちの子だけ逆上がりができないの…?

様々なことで親は、わが子とほかの子と比べたがる。

劣っていると不安になり、どうしてなのかと苛立つのもよくあることだ。

江戸時代の学者、林子平 (はやししへい) が書いた「父兄訓」では親のそういった態度を一刀両断にしている。
わが子が他人の子に劣っていることに腹が立って、ののしり叱る親がいる。これはあまりにも無理、無体な事である。子供が劣るのは生まれつきではなく、親の教育が悪いからなのだ。子供の出来は一分が生まれつき、残り九分は親の教えによる。子供をみれば親が賢いかどうかまでわかるものだ。子は親の鏡のようなもの。「勉強しろ。」と口うるさく言う前に自分もまず学び、成長することが大切でしょう。近年はマスコミが悪い、学校の先生が悪いと、責任転嫁している例が多いように思えます。

山号について

476994.png下岡本にある願生寺様は山号を【海塩山】 真光寺様は【萱垣山】と申します。ほぼどこのお寺にも山号というのがあって、もともと山の裾、山の上、などにお寺があったので○○山○○寺といったのでしょう。

願生寺様は金森様が高山を治める前は、旧荘川村海塩にあったことに由来しています。真光寺様の萱垣山の由来は、天文年間、萱垣市右衛門という方が出家し真光寺の基を築いたという歴史があります。

ちなみに恩林寺は現在の八日市羽田の華岳山麓にあり、高山に移転後も旧跡:華岳山を名乗っております。

昨年秋には黄檗宗管長猊下をお迎えして観音慶讃法要を務めましたが、その折猊下の御染筆「華岳」を記念として頂戴いたしました。

早速、表装ができあがりましたので、三月十八日春の彼岸法要の折、お披露目させていただきました。

お寺の近況

三月十八日(観音様のご縁日)恩林寺で は涅槃忌が勤まりました。 当日は、関市:正溪寺様、各務ヶ原:清見寺様、高山:宗猷寺様、恩林寺住職、 鳳雅禅士が奉仕くださいました。

お釈迦様が亡くなった時の涅槃図の解説、三月におこなわれました黄檗山禅堂の雲水さんたちによる遠鉢(えんぱつ)の様子について報告いたしました。また、鳳雅禅士の黄檗山学生寮にこの三月から入寮することなどを報告させていただきました。

住職合掌

頭陀袋070 一分は生まれつき、九分は親の教え

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平成30年 2019/02/19takenoko

ブログ運営者

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檀信徒の皆さんに『一休さん・珍念さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております恩林寺徒弟、鳳雅禅士です。

住職との血縁関係はない在家出身ですが、恩林寺で僧侶となる仏縁を頂戴し、幼き頃からの夢を叶えることができました。

今は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺(黄檗宗本山)にて修行しながら大学に通わせて頂いておりますので、普段は恩林寺におりません。

年末年始やお盆には帰ってきます。その時に皆さんと笑顔で会える様に「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。

感謝・合掌。