除夜の鐘

頭陀袋018 人は使命に生きる

人生とは、生まれ、老い、病み、死ぬものです。なぜ人間は生まれ、死ぬのでしょうか?

仏教では以下のように説いて居ります。

「因縁によって生じたものは、また因縁によって滅する」生者必滅、会者定離であります。つまりは生があるから死があり、出会いがあるから別れがあるのです。又、はじめがあるから終わりがあるのと同じことです。万物はすべてこのように、人間だけが例外ではありません。ですから、決してもだえたり悲しんだりするものではないのです。

さて、人は因縁によって生まれた以上、生きなければなりません。いかに生きるかが今後の大きな課題であります。そこで、ひとつの生き方として、表題のように「人は使命に生きる」があります。人は、この世に生まれた以上、好むと好まざるにかかわらず、何らかの役目を果たさなければ生きられないということであります。

ところで、人生を、劇場にたとえることがあります。演劇は、筋書きに基ずき、それぞれの役割に応じて、みんなが一致協力してこそ立派な演劇ができるのです。私たちは社会と言う大きな舞台で、人生と言う演劇を成功させるためにそれぞれ、役割分担をしているのであります。自分の役割は何か?つまり自分の使命は何かとしっかり自覚して最善をつくさねばなりません。・・・・・らしくと言う言葉がありますが、たとえば男らしく、女らしく、子供らしく、母親らしく、のようにです。自分の役柄をしっかり自覚して一生懸命、演じることが大切であります。そのほか、人には、いろいろな役目があります。あれもこれも、と沢山の役割をこなさなければならないこと もあります。その役目をしっかり果たすということがいかに生きるか、ということになります。

主役、脇役、よい役、悪い役、難しい役、 優しい役、さまざまありますがみんな大切な役なのであります。その役割をいかに演じていくかは、その人自身の問題であります。立派に正念場を作り、自分の使命を尽くしたいものであります。

除夜の鐘

237028.png私たちがこの一年犯した悪い行い、罪、穢れを百八の鐘をつくことにより懺悔(反省)し、心の洗濯をして新しい歳を迎
えましょう。どなたでも参加ください。

住職合掌

頭陀袋018 人は使命に生きる

image_preview.png実際の頭陀袋はこちらです。

≫ Read More

平成26年 2019/02/03takenoko
タグ:仏教 , 除夜の鐘

頭陀袋031 四つの誓い

衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)すべての人たちが救われますように、

煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)尽きない煩悩を断ち切れますように

法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)たくさんの仏の教えを学べますように

仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう) この上ない仏道を成就できますように。

さてここに掲げましたのは四弘誓願文(しぐせいがんもん)という願文であります。

私たち仏教者は、ことに、坊さんは この誓願をおこし、仏のおしえに背かないように 努力しなければなりません。

237028.png平成二十六年の除夜の鐘は、なるべくたくさんの方に突いていただきたいと思い、毎年、午後十一時半から始めるのですが今回は十一時より突き始めました。人間の煩悩は百八つあるとのことから碁石の白いのを五十四個、黒いのを五十四個準備しまして鐘を一つ突くと用意したべつの缶に移す、白いのがなくなると半分終わった。という目安になります。

さて私たちの煩悩はたった百八ぐらいでしょうか? 物欲、お金の欲、色欲、名誉欲、食欲、なかなか「どうして尽きない煩悩であります。一年のさいごの夜、この煩悩を捨てて新しい年を迎えるわけですが百八というのは、たくさん、たくさん、と、とらえてもいいのでないか。こんなわけで碁石がなくなって約半時、御近所の方々についていただきました。

来年もどうか、どなたでも、除夜の鐘をつきにきていただきたいとおもいます。

法門無量誓願学、たくさんの仏の教えを学べますように。

a01__midium.jpg私は昨年暮れに善財童子(ぜんざいどうじ)の由来についての本を入手いたしました。実は黄檗宗のお経の中に在家の方々が必ずや成仏できますようにという善財童子が登場する三宝讃(さんぼうさん)というのがあります。

昔あるインドの大金持ちの息子さん、つまり善財童子が菩薩になる道を求めて善知識(先輩がた)を訪ねて教えを乞う旅に出ます。先輩方の教えを ききながらまた、次の先輩を紹介してもらい、つ いに五十三人の先輩に教えを乞うと、すでにあなたは菩薩と同じ修行ができたのだと、仏から認めていただけた。と、言う物語です。
こうした話が日本でも庶民の文化に影響して、東海道五十三次なんて言うのですね。善財童子は、華厳経(入法界品)に登場する童子なのですが、皆さんも東大寺の宝物の写真などで子供が合掌しながら歩いており、ふと、後ろを振り向いているのをご覧になったことがあるかもしれません。耳の上に髪の毛をカールした(これをみずら) といいますが、とても頬笑ましい像です。
こうして私たちは長い歴史とともに培われてきた仏様の教えを、毎日の生活の中に取り入れて、先輩方の守り通してきた、四つの誓いに少しでも触れながら、やり直しのきかない残りの人生を送りたいものであります。

住職合掌

頭陀袋031 四つの誓い

image_preview.png実際の頭陀袋はこちらです。

≫ Read More

平成27年 2019/02/04takenoko

頭陀袋067 行く年・くる年

行く年

平成二十九年は住職にとりまして有意義な年でありました。

春の彼岸会ののち、六月にはお施餓鬼、本堂の屋根葺き替え工事、十一月には管長猊下の御巡錫と続き、あわただしく過ぎ去りました。また、長年勤務いたしました会社を退職し、法務に専念できるようになりました。少しゆったりできるかと思いましたが、予想より多忙な毎日でした。

まず健康で檀信徒様に寄り添うことができるよう心掛けてまいりたいとかんがえております。

考えてみますと檀信徒様のご家庭でもいろいろな事がありました。今後とも住職にできることがありましたらお声をかけていただきたいと思っております。

人には八万四千の煩悩があるといわれております。これを縮めて百八。 恩林寺では碁石の白を五十四個、黒を五十四個用意し、除夜の鐘に備えます。午後十一時過ぎ、鐘をつき始めます。白い碁石を、鐘一打ごとに別の箱に移します。白がなくなると半分突き終わる事になります。こうして私たちはこの一年の心の整理をして、新しい年を迎えます。

除夜の鐘

当日は、どなたでもご参加いただき、どなたでも鐘をついていただけます。

くる年

禅宗の言葉に、日、日、これ好日。という言葉があります。毎日、毎日がかけがえのない一日であり、大切な一日であります。与えられた一日を無駄にしないよう今年も一年頑張りたいと思います。

さて先般、檀家さんから言われたのですが、「頭陀袋にはいろいろいいことが書いてあるけどなかなか書いてある通りにはいかんもな。」

そこではっとしました。書いてあるだけでは空説法。実践が大切やなあ。今年は日日是好日とするために声を出して実践しましょう。
ありがとう。おかげさまで。少し照れ臭いですが思い切って口に出してみましょう。毎日良い日がむかえられます。

237031.pngくる年は一昨年得度しました鳳雅禅士が黄檗山学生寮に入寮し、大学生活を送ることになりました。日頃の檀信徒様のご支援のおかげと感謝いたしております。

お寺の行事は、春のお彼岸、六月のお施 餓鬼、秋の彼岸会と続きます。その都度、ご案内をいたしたいと考えております。
お寺で会合をしたい方、お寺での催し、空いている限り開放いたします。御親族、お世話になった方のご供養。観音様のお参り。
どうぞ声をかけていただきたいと 思っております。

住職合掌

頭陀袋067 行く年・くる年

image_preview.png実際の頭陀袋はこちらです。

≫ Read More

平成30年 2019/02/16takenoko

ブログ運営者

kozou.jpg

檀信徒の皆さんに『一休さん・珍念さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております恩林寺徒弟、鳳雅禅士です。

住職との血縁関係はない在家出身ですが、恩林寺で僧侶となる仏縁を頂戴し、幼き頃からの夢を叶えることができました。

今は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺(黄檗宗本山)にて修行しながら大学に通わせて頂いておりますので、普段は恩林寺におりません。

年末年始やお盆には帰ってきます。その時に皆さんと笑顔で会える様に「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。

感謝・合掌。