頭陀袋043 遠回りでも自分らしく

今の世の中、早いこと、上手なことがよいこととされています。学校の成績も出来高主義で、考える過程を大切にせず、つまずきながらゆっくり問題を解く余裕がありません。 何もかも手早くできるように訓練されているようです。

家庭の中でもいかに主婦の仕事を短縮するかが評価の対象となります。家庭の仕事を細かく隅々まで気をくばればいくら時間があっても足りません。 人はどこかにこだわりをもってそれをこなしています。自分の気持ちにいいリズムややり方を大事にしているものです。私たちは早くて正 いことがよいことだと思い込んでいます。

今、ヨーガや瞑想、座禅の時間を持つことが見直されてきております。 焦らずあわてず自分のすることを大事にして一日一日楽しく暮すこと、自分にも家族にもゆとりをもってにっこりすることで、たとえ遠回りでも自分らしい生き方ができると思います。忙しい朝に少しの時間を取ってゆったりとお経を唱えましょう。

茶の湯の世界

789699.png都会の企業戦士の間で今、茶の湯が流行っているそうです。お茶というと昔は、お茶にお花、花嫁修業のように言われておりましたが、そのまた昔は武士の心得としてのお茶が普通でした。お茶の稽古には、非日常の空間があります。足袋や靴下を白いものに変えて手を清め、懐紙を用意します。おなじ喫茶でもコーヒータイムとは違う前置きがあり一服のお茶を飲むまでには席に座ってからゆっくりの精神統一があります。一服のお茶をいただく ためにはいろいろな道具、亭主のお点前を通してお互いの心使いを感じ、感謝していただく行程が、日常の忙しさ、早いテンポの生活から離れ、ゆっくりとした時間を心と体にもたらしてくれます。

対人関係など切迫した職場を離れ、自己を見つめなおす時間としては最適かもしれません。茶室の環境も、炭をおこし香を焚き、湯を沸かす。その湯の沸く音さえも心にしみるような雰囲気が味わえます。茶の湯の作法は、禅宗が基礎になっておりますので茶室でなくても、仏様にお花を供え、香を焚き、お経を唱えることで十分に自己を見つめ静かな心持になることができます。

三猿

917170.png日本語のごろ合わせから『見ざる』『聞かざる』『言わざる』は日本独自のもの、と思われがちですが、実は古代エジプト、アンコールワットにもみられるものでよく似た表現は世界各地にあるようです。論語にも「礼にあらざれば視るなかれ」「礼にあらざれば聴くなかれ」「礼にあらざれば言うなかれ」と、説いています。

今年は申年、よけいなことを見ない、聴かない、言わない、ように心して過ごしたいものです。

住職合掌

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平成28年 2019/02/09takenoko

頭陀袋048 般若心経の解説

般若心経はすごく長ーい大乗仏教の教えをわずか三百字足らずでまとめた日本人にはなじみの深いお経です。

耳なし芳一が亡霊に連れ去られようとしたのを守ってもらえたのは全身に書いたお経のおかげでした。結局、耳だけ書き忘れ、削がれてしまったのですが。少し難解かと思いますが紹介いたします。

観音様は真実に目覚める修行を極められ、身も心も皆、空(無)であることを悟られ、一 切の苦しみから救われる道を示された。

舎利弗よ(弟子たちよ)形あるものは空であり、空が形あるものを構成している。したがって感覚、思い、分別、認識も皆、空なのだ。

舎利弗よ。この世の一切の真実は皆、空であって、生まれることもなくなることもなく汚れもせず、清らかにもならず増えもせず減りもしない。ゆえに空が構成する実相の世界では形あるものは何もない。

感覚、思い、分別、認識すらない。そこは 目、耳、鼻、身体、心といった感覚器官もない。形、声、香り、味わい、触覚、心の作用もない。目に見える世界から意識の 世界まで何もない。無明(迷い)もなく無明の尽きることもなく老死もなく、老死の尽きることもない。

苦も、苦の原因も苦のなくなることも、苦をなくする道もない。教えを知ることもな く、悟りを得ることもない。 何も得ることがないということを菩薩は真 実に目覚める知恵によってあるがままに見ることができるから心に障りがない。心に 障りがないから恐れることもない。したがって一切の迷いから離れて心の安らぎに至るのである。

どうでしょうか? まさに禅宗、空の世界ですね。私たちは、まる覚えで読んでいるお経にもふかい意味があるのですね。時々、こんな解説を部分的にも思い出しながら、読むというのもいいことではないか思います。般若心経の解説本は、たくさんの方々が書いておられます。本屋で見かけられましたら、またよいご縁が開けますように。

琵琶を聴く会(五月二日)

48J.jpg各務ヶ原市、黄檗宗清見寺住職、中野妙照禅尼様をお迎えして越前琵琶の演奏をして いただきました。
庵主さまのタイトルは(若き敦盛)でした。

まず表千家流、浅野晶子先生のお茶とう (献茶)があり、続いて皆さん抹茶をいただきながら琵琶を聴くという、楽しいひと時を過ごしていただきました。

住職合掌

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平成28年 2019/02/09takenoko

頭陀袋060 売茶翁の話

黄檗山萬福寺は中国風のお寺として有名ですが隠元禅師が煎茶・番茶の習慣を伝えられ庶民の間に普及したことはあまり知られていません。

隠元禅師に付き添い日本に渡った独湛禅師は黄檗山第四代を継がれるのですが独湛禅師は隠元禅師と同じ故郷、福建省の出身であり、福建省はお茶の産地としても知られています。独湛禅師の弟子、売茶翁について触れてみたいと思います。

sadou_kimono_man.png売茶翁は肥前蓮池(佐賀県佐賀市)の生まれ、城主鍋島家の御典医、柴山氏の三男として生まれ、十一歳で肥前龍津寺化霖について得度します。十三歳で黄檗山萬福寺に入り独湛禅師に参じました。二十二歳で陸奥に行き雷山で苦行をしたのち故郷の肥前に帰ってきました。五十七歳の時、師匠がなくなると龍津寺を法弟、大潮に譲り京都に戻ります。六十一歳の時通仙亭を開き、自ら茶道具を担い、京の大通りに喫茶店のような簡易な席を設け、禅道と世俗の融解した話をしながら客をもてなし、人の在り方、人の世の生き方などを説いたといわれています。

相国寺の和尚はその内容を書き残したらと進めたのですが、「仏弟子の世に居るや、その命の正邪は心にあり、事跡には非ず、そも袈裟の仏徳を誇って世人の喜捨を煩わせるのはわしの持する志とは異なっておる。」と述べたという。

七十歳になり、十年に一度は故郷に帰るという約束を果たし、突然自ら還俗(坊さんを辞めて俗人に還る)。 自ら高氏を名乗り号を遊外としました。気が向かなければその日は店をしまう、というような気楽な生活でしたが貧苦の中、喫茶する人のために煎茶を売り歩く毎日でした。

八十一歳になった遊外は売茶業を廃業、愛用の茶道具すべてを燃やしてしまいました。(私の死後、この道具たちが後世の俗人たちにわたって辱められたら、道具たちも私を恨むだろう。だから、お前たちを火葬に付してやろう。)という思いであったようです。その後、揮毫(字を書く事)によって生計を立て、八十七歳で蓮華王院(三十三間堂)の南にある 幻々庵で息を引き取りました。

売茶翁を偲び 黄檗山萬福寺には売茶堂があり、煎茶に親しむ茶人によって守られております。

住職合掌

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平成29年 2019/02/10takenoko

頭陀袋080 曾源の一滴水(そうげんのいってきすい)『余分なものなど何一つない』

此の地上に存在するすべてのものは単独で 存在するものはない。

すべてのものは必要があって存在しているものと言える。

余分というものなど何もないのである。

岡山の曽源寺に儀山禅師が住んでおられた。若い雲水が風呂を焚いていると禅師が湯に入ってこられた。

「すこし熱いから、水でうめてくれんか。」儀山禅師に声をかけられた若い雲水は手桶に残っていた水を地面にあけ、新しい水を汲んできて湯に加えた。禅師はこの一瞬をとらえて雲水を諭した。「一滴の水でもどうして庭木の根元にかけてやれないのだ。水をもらえば庭木も助かるし、水も生きるでないか。禅を志す者は、すべてを生かし切る覚悟がなくてはならんのだよ。」若い雲水はその後、自らを(滴水:てきすい)と名乗った。

天龍寺の名僧、滴水禅師こそその人である。滴水禅師は、「曽源の一滴水は生涯使いきれなかった。」と言ってこの世を去っていった。と伝えられています。

茶禅一味

毎日、茶を何気なく飲んで過ごしている。茶と禅は深いかかわりを持っている。

鎌倉時代、栄西禅師は中国から茶の苗木を持ってきて禅の修行に疲れた修行僧の心身を回復させるために茶の栽培を行い、大いに日本に広めた。禅師は「茶は心臓を整え、内臓を強くし、心を静める良薬である。」と言っている。 このため禅と茶は、切っても 切れない間柄となっている。

千利休は天下一の茶人として知られている。禅は大徳寺で学んでいる。南方録という茶道の本には「小座敷の茶の湯は第一、仏法をもって得道することなり。水を運び、薪をとり、湯を沸かして仏に供え、人に施し、我も飲み、花を立て、香を焚きてみなみな仏祖の跡を学ぶなり。」とあります。

その昔、お茶を習う、というと良家のお嬢様の心得、などと言われておりました。 私たちの若いころ(今から五十年ぐらい前になりますが)習い事ブームだったのか、若い人は、お茶を習う。 着付け教室、洋裁、生け花、みんなが競争のように、習い事に通いました。最近また、お茶が国際的なブームを迎えようとしています。日本で使われる抹茶、煎茶も、中国製というのが出廻りそうです。

お茶を飲むということだけでなく、茶の湯のマナーも、この際、思い出すことが大切ではないかと感じております。

住職合掌

頭陀袋080 曾源の一滴水(そうげんのいってきすい)『余分なものなど何一つない』

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平成31年 2019/02/28takenoko

ブログ運営者

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檀信徒の皆さんに『一休さん・珍念さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております恩林寺徒弟、鳳雅禅士です。

住職との血縁関係はない在家出身ですが、恩林寺で僧侶となる仏縁を頂戴し、幼き頃からの夢を叶えることができました。

今は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺(黄檗宗本山)にて修行しながら大学に通わせて頂いておりますので、普段は恩林寺におりません。

年末年始やお盆には帰ってきます。その時に皆さんと笑顔で会える様に「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。

感謝・合掌。