頭陀袋013 追善・追薦

今は亡き、家族のために追善供養することは昔から遺族の努めとなっていますね。
「○○追善供養塔」などと墨書される卒塔婆も皆様にはおなじみでしょう。「死者の冥福を祈って読経などの善事を営むこと、仏事や法事をして供養すること」を、追善供養といっております。又、追善と供養とは同じことではありませんが、共通点が多いので追善供養、とつないで用いられるのが普通ですね。

ところで追善の「善」ですがこれは当て字で追薦とかくのが本当です。でも、今は「追薦供養塔」 とかかれた卒塔婆をめったに見かけません。「追善」と、辞書を引いてもほとんどのものは「追善」としか出てきません。時代とともに薦が善に取って代わられたようです。推薦の薦はまだ、健在なのですから、 書きやすさばかりがその理由とも言えません。ともかく追善は追薦の俗用だということです。そして追葉「追いかける、」 薦葉「進める、そなえる」の意味ですから追善とは「よいことをしてそれを自分の功徳にしないで、死者の功徳にする、しようということでしょう。死者を追いかけてこの功徳を受け取ってください。と、薦めるわけです。

237024.png先祖供養には、

◎蝋燭をともす。
◎香を焚く。
◎お花をささげる。
◎お水を上げる。
◎ご飯を上げる。

 

 

という五個の供養がありますが亡き人が一番喜ばれるご供養は読経だとされてきましたね。
無くなったかたたちに、供養をすることはよいことに違いありませんが、特にお坊さんから読経、回向してもらうことはもっともよいことです。読経という善根を積んでその功徳を、無くなった方たちに振り向ける追善供養をいたしましょう。

読経は、無くなった方たちの冥福と生きているものたちの幸福を同時にいただく功徳があります。

住職合掌

頭陀袋013 追善・追薦

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平成25年 2019/02/02takenoko
タグ:供養 ,

頭陀袋028 信心の綱 (譬喩経より)

830406.pngある国王が、大工の棟梁に命じて、とて も高く立派な石柱を建てさせた。それはあまりにも見事な石柱だったので王は、棟梁が他の国に出かけて行って同じようなものを建てられると困ると思い、棟梁が石柱頂上にのもぼっている間に、足場を全部取り払わせてしまった。すると棟梁は夜になって自分の着ていた服をすべて細かく引き裂いて下にやっと届くほどの縄にして下に垂らした。下には、棟梁の身を案じた親族が集まっていて垂らされた布の縄に太い綱を結びつけてやると、 棟梁はそれを吊り上げ、石柱に縛り付けて、綱を握ってスルスルと地上に降りることができた。

さてこれは何のたとえ話であろうか。高い石柱はひとが生き死にして迷いを重ねるこの世である。足場が取り払われたのは過去の諸仏がすでに滅を唱えて現世におられないことを意味する。しかし、後の信徒である棟梁が衣服を裂いて仏の残された法の縄とし、下に垂らすと仏法を後の世に伝つけて、塔に繋ぐえる僧が親族として集まり、 信心の綱をようにさせ、これによって生き死にの迷いを完全に離れるようにした。という、たとえ話である。

袈裟の功徳 (地蔵十輪経より)

237081.png昔、ある国に死罪を宣告された男がいた。 この国では罪人を悪鬼の住むところに連れて行きその体を食わせるという習わしであった。 罪人はそれを聞いていたので、 何とか助かろうと思い髪をおろし袈裟を求めて、その切れ端を得ることができ、それを首にかけた。

罪人は悪鬼の住む場所に連れて行かれ夜になった。すると鬼たちは男を食べようとゾロゾロと出てきた。彼はその様子を見て震え上がった。しかし、その時、鬼の母はこの男が坊さんのように髪をおろし赤い袈裟の切れ端を首にかけているのを見て彼の周りを右回りに合掌しながら歩くのだった。鬼の子供は腹が減っていたので「早くこの人間を食べたいよう」と母に言うと「この方は仏様の袈裟を身に着けているので食べてはいけません。食べると再び無間地獄に落ちますよ。」といって止めた。

そしてすべての鬼たちを説得して食べさせないようにしたので命拾いをした。そして、夜はしらじら明けて きた。役人たちは彼が鬼に食われなかったのをみて大変驚き、王にこのことを告げた。すると、王はこれより仏の弟子や授戒したものは鬼でも食べないのだから、これより後、死罪をやめることにした。この話から人がなくなると摺り袈裟を首のかける信仰が生まれたといわれている。

お寺に行こう。和尚さんと、ともだちになろう。

201251.pngお寺に行こう。和尚さんと、ともだちになろう。を、キャッチフレーズに今年は、いろいろな行事を計画しました。

先日は 門前の有志のご発案で お寺でカ今ラオケ大会を催しましたところたくさんの賛同をいただきありがとうございました。

また来年もぜひ、との声がかかっております。

 

住職合掌

頭陀袋028 信心の綱 (譬喩経より)

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平成26年 2019/02/03takenoko

ブログ運営者

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檀信徒の皆さんに『一休さん・珍念さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております恩林寺徒弟、鳳雅禅士です。

住職との血縁関係はない在家出身ですが、恩林寺で僧侶となる仏縁を頂戴し、幼き頃からの夢を叶えることができました。

今は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺(黄檗宗本山)にて修行しながら大学に通わせて頂いておりますので、普段は恩林寺におりません。

年末年始やお盆には帰ってきます。その時に皆さんと笑顔で会える様に「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。

感謝・合掌。