極楽

頭陀袋045 極楽はほんとうにあるの?

あるご家庭に伺ったら、お経のあとにこんな話が出ました。

「おっ様。わしらもこの年になるとそろそろお迎えの準備もせんと、もう手遅れになると困るで、今日はひとつ、極楽の話をしてくれんかな。」とのこと。

993415.png「そうですな。わしも極楽というところへは、行ってみた事もないし見たこともないのでな。 しかし、私ら黄檗宗の教義の中に、唯心(ゆいしん)の浄土、己心(こしん)の弥陀という言葉があります。この世を浄土に、心は阿弥陀仏。という教えです。死後の世界はいろいろ取りざたされていますが、 いまだかつて生前に確かめた人はいません。私も知らないのでいい加減なことをいうわけにはいきません。死んだあとのことよりもむしろこの世のことを話したほうがわかりやすいかもしれません。地獄も極楽も、この世にありで、早い話が怒りの心が地獄で、喜びの心が極楽かもしれません。

『腹が立ったら鏡を出して顔を見よ。鬼の顔がタダで見られる。』

わざわざ地獄に行かなくてもこの世において鏡一つあればいつでも鬼に出会うことができます。極楽とは幸せのことですが、幸せとは自分の心の中に自分で作るものであり、普段より感謝の念をもち毎日楽しんで暮らせるなら、これこそ極楽そのものです。しかし、はなしとしてはよくわかるが、なかなかそうはいきません。腹を立てたり、愚痴を言ったり手に入らないものをほしがったりして、迷いや悩みが絶えません。つまりは、毎日そのものが地獄暮らしのようなものです。そこで、ぜひこのようなことから離れて毎日極楽暮らしがしたいものです。実は、地獄も極楽も紙 一重で、その人の心の持ちようで地獄にも極楽にもなるものではないでしょうか。こうしたことに気付くことが悟りというものでないでしょうか。」と、えらそうな話をした次第です。

住職合掌

頭陀袋045 極楽はほんとうにあるの?

image_preview.png実際の頭陀袋はこちらです。

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平成28年 2019/02/09takenoko

ブログ運営者

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檀信徒の皆さんに『一休さん・珍念さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております恩林寺徒弟、鳳雅禅士です。

住職との血縁関係はない在家出身ですが、恩林寺で僧侶となる仏縁を頂戴し、幼き頃からの夢を叶えることができました。

今は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺(黄檗宗本山)にて修行しながら大学に通わせて頂いておりますので、普段は恩林寺におりません。

年末年始やお盆には帰ってきます。その時に皆さんと笑顔で会える様に「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。

感謝・合掌。