彼岸会

頭陀袋021 施食のはじめ (施食、慈悲)

ある僧が閑静な樹の下で一心に座禅して修行をしていた。すると樹のうえに猿が棲んでいて、僧が食事をしていたとき、食べ物がほしくなって樹から下りてきて僧のそばにやっきた。

237020.png僧が猿に残飯を与えると、かれは鉢の底まで舐めて、食べ終わると感心なことに水辺まで行き鉢をよく洗い、僧に返すのだった。

こうして何ヶ月か経ったある日、坊さんはうっかり食事を食べ残さずに鉢を空にしてしまった。猿は、当然施されると思った食べ物が 無いので大変怒り、僧の袈裟を奪ってズタズ タに裂いてしまった。此れにはさすがの坊さ んもカッとなり、杖で猿を打つと、当たり所が悪くて悶絶し、死んでしまった。するとそ ばにいた数匹の猿が寄ってきてかなしみ、死んだ猿を担いでお寺に運んで行った。

寺の住職は「此れは仔細なわけがあるのだろう。」と思い、寺内の僧を集めて、誰かそのわけを知らないか?と、たずねたところ、誤って殺してしまった僧が、前に出て、正直に話した。そこで、これから僧が食事をするときはその 一部を取りおいて動物や虫に施すようにした。

施食の慣わしはこうしたことから始まったといわれています。

お経にこのような言葉もあります。その飯、もし食せんと欲するとき、まず鉢中の飯を出して分かちて五分となせ。一分を路行に準擬す。飢人来たれば即ち是なり。一分を水中の衆生に施し、一分を陸地の衆生に施し一分を七世の父母および餓鬼の衆生に施せ。残りの五分を、足ると足らざるを問わず自らの食とせよ…と。

黄檗山のさば台

わが黄檗山万福寺の境内にさば台という石の台があります。是は修行僧たちの毎日の食事から、鳥や虫にも食事を施し、みんなが今日 一日、与えられた命を大切にしましょう。という隠元禅師の思いやりを今に伝えております。また、隠元禅師は若いころ、中国各地を 修行して歩かれたのですが、とらわれた鳥や獣を買い取って逃がしてやった。といわれて 居ります。万福寺の山門前には、放生池という池があり、人間に捉えられた魚を逃がしてやる目的で、放生会という仏事も伝統的行われております。

お寺からの一言

三月十六日 (日)涅槃会(ねはんえ)永代祠堂回向会を勤めさせていただきました。

涅槃会は申すまでもなく釈尊のおなくなりに なった(旧暦二月十五日)が新暦の彼岸のころになるので彼岸会とあわせてご供養することが多いようです。当日は、ご家族ずれの方、 お年寄りの方々はじめ沢山お参りいただきました。

岐阜からお越しいただいた和尚さんがたも高山に来るのが楽しみ、といっていただいております。こうしてお寺に出向いていただけること自体、ありがたいことであります。 つぎの行事の予定は六月末日、県内の黄檗宗の和尚さんたちにご協力いただき、お施餓鬼の法会を計画しております。 頭陀袋、第二十二号はお施餓鬼について少し 解説させていただきたいとかんがえております。

住職合掌

頭陀袋021 施食のはじめ (施食、慈悲)

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平成26年 2019/02/03takenoko

頭陀袋032 それぞれの人生

先日、スクラップブックを整理しておりましたら分子生物学者でノーベル賞を受賞された利根川進先生が、日本経済新聞の私の履歴書という欄に投稿されているのを見つけました。毎日いろいろな話題が出てきて、最後の二十九話目に私の家族というタイトルでした。 私には大変心に残るはなしでしたのでここに紹介します。

私の履歴書(29) 私の家族

利根川進 家族について少し紹介しましょう。

妻の真由美とは 1985 年に結婚しました。 彼女は当時NHKで教育番組や特集などを担当するデレクターでした「21 世紀は警告する」という、特集番組を作るために私にインタビューを申し込んできて知り合いました。私たち夫婦は長男の秀(ひで)長女の英(はな)二男の知(さと)の二男一女に恵まれました三人ともボストンで生まれ育ったアメリカ人です。

子育てに関してはいろいろな機会をできるだけ与えようと心掛けました。三人ともとても心優しい人間に育ったと思います。

秀はマサチューセッツ工科大学を卒業して日本のIT関係の企業に就職し、東京で一年足らず働いたのち、その会社が買収したサンフランシスコにあるアメリカの会社で働いています。

英はニューヨークの伝統あるスキドモア大学を卒業したのち日本政府が行っているJET (英語が母国語の若い大学卒業生を日本に招 いて中学高校で英会話の授業を補佐する)プログラムで埼玉県の高校で一年間働いたのち この秋からパートタイムでマスコミの仕事をしています。

知はずば抜けて才能に恵まれたミステリアスなところのある子どもでした。何をやってもすんなり素晴らしくよくできてしまう。物理、数学、歴史をはじめとする学業一切はもちろんチェロとピアノを演奏しましたが、ピアノのコンペテイションで勝ってカーネギーホールで演奏するほど音楽の才能 にも恵まれていました。いつみてもクールで余裕がある。これほどすごい才能を持った子供は、将来どうなるのだろうと、本当に楽しみにしていました。知は小さいころからサイエンテイストになると決めていて三人の子供の中で唯一、私の知っている世界を目指していました。夏休みにMITの生物物理研究室で働いてみたいというので彼が教授との面接に行ったのです。後で何を質問されたのか尋ねてみると「何を目的にこの研究室で働きたいのか」と聞かれたと。そ れに対して「エデュケーションインスピレー ション&フアン」と答えたというのです。まったく十七歳とは思えないような答えです。 もちろん研究室にうけいれてもらいかなり真剣に研究したようで後に、「セル」という科学誌の論文に共著者として名前が載ることになっているそうです。(一高校生がここまでできるとは信じがたい)と、教授から言われました。

科学を志していた知は残念ながらMIT1年生の時、誰にも告げずに十八歳で夭逝してしまいました。 親にとってこれ以上の残酷はありません。 私も残された人生はそれほど長くはありませんが、最後まで十字架を背負って生きていかなくてはなりません。実は私はあまりにもつぎから次へと幸運に恵まれてきましたので以前から時々、[大丈夫かな」という気がしていました。

私は宗教を持たない人間ですが、やはり天は禍福を調整したのではないかと。もしそうならノーベル賞、その他の幸運はいらないから知を返してほしいと心から思います。深い悲しみにくれる日々ですが、本当に短い間ではありましたがあれほど魅力的な若者と過ごせたことを感謝しなくてはならないのかと思うこともあります。 おわり

*人は幸せそうに見えてもそれぞれに深い憂い、かなしみをもっているものです。

他人の幸せをうらやむより、まず、自分自身の幸せに感謝しなければなりません。

お彼岸

213100.pngお彼岸は、春と秋の二回あり、春分、秋分の日を中日とし、前後三日を合わせた七日間を言います。

ご先祖様や自然に感謝をささげる仏道精進の期間で、日本独自の仏教行事です。

お彼岸にはお寺の法要やお墓詣りに行き亡き人に思いをはせ、感謝の誠を捧げます。

お仏壇の掃除はもちろんのこと仏具などもきれいに磨き、季節の新しい花をお供えします。

お彼岸には、おはぎ、団子、御霊供膳、お菓 子、果物などをお供えいたします。

 

涅槃忌

654409.png釈尊が、沙羅双樹の下で入滅された日にちなむ法要です。涅槃図は沙羅双樹のもとに横臥した釈尊のまわりを弟子や動物たちが取り囲んで悲しむ図 で、中でも京都、こう東福寺の明兆作大涅槃図が最も有名です。釈尊の入滅された日は実際には定かではありませんが「大般涅槃経」の記述には二月十五日とされております。 高山では、新暦、三月十五日、あるいは春の彼岸会と同時に、涅槃忌を行われるお寺が多いです。

東山の禅宗寺院の本堂や、恩林寺ではお彼岸中、涅槃像がかけられております。また、涅槃像といっても厨子に納められている、立体的な像を拝したことがありますか?

城山の曹洞宗大隆寺には高山には例のない立派な涅槃像があります。和尚さんにお願いしてぜひお参りしてください。

涅槃忌や皺手合する数珠の音  芭蕉

住職合掌

頭陀袋032 それぞれの人生

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平成27年 2019/02/04takenoko

頭陀袋033 目がものをいう。

話をする、ということは難しいことです。

井戸端会議や雑談を得意とする人でも改まって人前での話となるとなかなか難しいようです。世の中、どちらかといえば能弁な人より、口下手なひとのほうがおおいのではないでしょうか?中には人前ではほとんど口のきけない内気な人もおられます。そのような人と話をするのには言葉より、むしろ体全体を通して、心の窓である目の動きや輝きに、そしてそのうるおいに注目したいものであります。

group_people.png仏教では(布施)を、大切な修行としています。布施行には「無財の七施」があり、その一つに「眼施」というのがあります。これは、人には良い眼をして接するということであります。べらべらしゃべるよりやさしいまなざしで人に接することができたらどんなに素晴らしいことでしょうか。目を見ればその人の心がわかるとか、目は口ほどに物をいいとか、むかしから言われていますがまさにそのとおりであります。眼は心の現れなのですから。幼児の、あの澄んだ綺麗な眼、それに引き替え、大人のどんより濁った眼、とりわけ悪心に満ちた人の眼は恐ろしささえ感じます。

また、次に和顔施というのがあります。いつも優しい顔、微笑を絶やさぬ顔をした人に接すると、自分まで心が穏やかになります。これも、布施行のひとつで大切なことであります。 しかし、人間は常に感情の起伏があり、いつもこのような状態を保つことができません。

眼や顔は言葉ではありませんが、言葉以上に重要なものであります。眼は心の窓、思いやりの窓と言われています。たとえば、口もとは笑っていても眼が笑っていないのは本当にうれしくないかもしれません。また、反対に表情は済ましていても、眼がおかしそうに笑っていることもあります。感激して胸が熱くなり、言葉が出ないときもあります。その時の眼は何よりも雄弁に、心の中を語ってくれていることでしょう。
眼がものをいうことは素晴らしいことでありますが、私たちは言葉だけに頼らず、こうしたからだ、とりわけ、目や顔に注目し思いやりの心を持ちたいものです。

彼岸会・涅槃会の御礼

三月二十二日、 関市・正渓寺様、各務ヶ原市・清見寺様、東山・宗猷寺様をお迎えして、春の彼岸会、涅槃会をお勤めすることができました。

また、 古川町、西野彰さんに[落語]を聞かせていただきました。お忙しい中、お寺にお運びいただきましてありがとうございました。涅槃会のお供えとして京都、田丸弥の花供曾(はなくそ)というあられをお持ち帰りいただきました。京都、真如堂では涅槃忌に参拝者にお配りし、お釈迦様の御縁としているそうです。

住職合掌

頭陀袋033 目がものをいう。

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平成27年 2019/02/04takenoko

頭陀袋041 ありがとうの由来

私たちは日常、有難うという言葉を使いますね。”有難う”は仏教に由来する言葉です。そのもととなった話を紹介しましょう。

盲亀浮木(もうき、ふぼく)のたとえ

7914-300x225.jpgお釈迦様はあるとき弟子のアナンに問いました。「アナンよ。お前は人に生まれたことをどのように思っているのか?」
するとアナンは「はい、大変喜んでおります。」
お釈迦様は「ではどのくらい喜んでいるのかね?」かさねて尋ねられ、アナンは言葉に窮した。
するとお釈迦様は一つのたとえ話をされた。

「果てしなく広い海の底に、 目の見えない亀が居たとしよう。 その亀は百年に一度海面に顔を出す。 広い海には一本の丸太棒が浮いている。 その丸太棒には小さな穴が開いていて, 丸太棒は風のまにまに西へ東へ、また、南に北に漂っているのだ。百年に一度浮かび上がるその目に見えない亀が浮かび上がった拍子に丸太棒の穴にひょいと頭をいれることがあるとおもうか?」

「お釈迦様、そんな事はとても考えられません。」「絶対ない。と言い切れるかな?」お釈迦様はさらに念を押されると、

「何千年,何万年、何億年の間に、もしかしたら頭をいれるということがあるかもしれません。」と、アナンは答えた。

「ところがアナンよ。 私たち人間が生まれるということはその亀が丸太棒の頭を 入れるよりもむずかしいことなんだ。 ありがたいことなんだよ。」と、教えられています。 ありがたいということは、あることが難しいこと、めったにないこと。でも、人間に生まれることが難しいと言われても、気ずいたら人間でしたもんね。地球上には哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、蝶、蟻、目に見えないダニなど百五十万種類の生物が混在しているといわれています。そのなかの人間、六十億人、日本人、一億二千萬人。人間にしても生物の中のほんの一 部です。ほかの生物でなくて、人間に生まれた。気の遠くなるような話です。

曹洞宗の修証義の一節、人身得ること難し、仏法逢うことまれなり。です。今晩、寝る前に、独り言で唱えてみましょう。人身得ること難し、仏法あう ことまれなり、今、われら宿然のたすくるによりて、すでに受けがたき人身を受けたるのみに非ず、逢い難き仏法にあいたてまつれり。と。

九月二十日、秋の彼岸会、永代祠堂の法要 を務めさせていただきました。

japan_amasan.png今回は農繁期に加え、ほかでも行事が重なりまして、こじんまりした法要でした。

お経においでいただきしました尼僧様は、琵琶の演奏をされるとのことで、次回はぜひ、法話の代わりに琵琶を聞かせてください。

とお願いしました。 お楽しみに、、、。

住職合掌

頭陀袋041 ありがとうの由来

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平成27年 2019/02/04takenoko

頭陀袋052 すべては心によって作られる

たいていの人は小学校、中学校と進む中で 一身上の事について相談する場合、いつも一緒という親友をもっていたと思います。

周りの人も認めるほどの仲良しの友人が一人ぐらいはいたでしょう。そして、お互いに『この人ほどいい人はいない』とか、『あいつは気が許せる』と考え、あいてが学校を休むと何となく不安で一日がつまらなくなってしまいます。

ところが些細なことで喧嘩をしてしまい二度と口を利かないという犬猿の仲になったりします。そんな時は『あいつは、あんな奴だとは思わなんだ』 とか、『ひどい人間だ。』とか考えて相手を憎く思う心が募ってきます。

このように私たちは時には親しくなったり、時には憎くなったりする「心」をもっています。そうした意味でも、心とは全く厄介なものです。このことは楞伽経、華厳経などにも取り上げられています。このことは仏教において心の在り方がいかに重要であるかを強調されている証拠と言えます。な ぜかと言えば実は「心」を調整することが仏教の目的である(悟りを得ること)の出発点だからです。

私たちの心は実にさまざまなものを作り出し、しかもそれにとらわれて生きているのが真相です。たとえば、もっと金持ちになりたい、と考えた場合、 自分が金持ちになったことを想像していい気分になったとしても、ふと、我に返って今までと変わらない自分がそこにいるわけです。そんなとき、むなしい気持ちになって人生に対し絶望感すら味わうことになります。しかしその一方で自分が想像したかな生活を現実のものにすべく必死で努力する人もいます。このように心の在り方がそのまま人の生き方に反映されてくるものです。心はよいほうにもわるい方にも動きます。その心を調整してよい方に向かわせるのが仏教の修行です。体で調子の悪いところがあればお医者さんに診てもらいますが心はなかなかそうはまいりません。心は 体の外に出して直接診てもらうことができません。

中国の禅宗の初祖、達磨大師について以下のような話が伝わっています

1382198.png達磨大師は少林寺で九年間、壁に向かって座禅を続けておりました。その間、誰が来ても弟子にしませんでした。ある日、慧可という人がやってきて入門を乞いますが、達磨は全く相手にしません。そこで慧可は刃物で自分の肘を切り落として決意のほどを示します。

そして「大師よ。私の心は不安定な状態です、お弟子にしてどうか安らかな心になるよう指導願います。」

達磨はこたえて曰く、「その心とやらをここに出しなさい。あなたのために安らかにしてあげましょう。」

また慧可は答えます。「心を求めましたが、どうしても手にいれることができませんでした。」

達磨曰く「慧可よ。あなたのためにすでに安らかにしましたよ。」

慧可はこの言葉により、忽然と悟りを開き、達磨の弟子になったというのです。慧可は達磨の法を継ぎ、中国禅宗の第二祖となった高僧です。心とは外へ取出し、目に見えるものではなく取り外しのきかないものです。 このようにつかみどころのない、様々な顔と働きを持つ心を人間は一人ひとり、皆が持っているのです。そしてその心をもっているのは自分だけであるような錯覚を起し他人の心のことを少しも考えません。

最近学校では、いじめの問題が大きく社会問題にまでなっています。友達から仲間はずれになったり、暴行されたりすることによって尊とい命を自ら断ってしまうという、痛ましい事件があとを絶ちません。テレビのインタビューを聞いていますと、親自身が子供の悩みに気付か無かったという例が いようです。事件が起こると、学校教育の在り方が問題となりますが、一番強いきずなで結ばれているはずの親ですら子供のことはすべてわかっているように思っていても実はほんとうの子どもの心の内を知ることはできなかったのです。このように、どの社会でもよく似た事件が起きているのです。私たちは災害などで他人が悩んだり苦しんだりしていると、その苦悩を理解したような気になるのですが、本当はわかっていなかったということを同様な事件が起きるたびに思い知らされます。人はそれぞれ違った心をもち、いろいろなことを考えて生きています。本当の心は確かに窺い難いものです。しかし、疑心暗鬼になる必要はありません。ただ、相手の心を少しでも知る。相手の身になって考える。そしてまず、自分自身が正しい心をもち正しく物事を見極めていこうとする心がけが大切ではないでしょうか。

(さんぽうの会、施本を参考にさせていただきました。)

●お寺からのお知らせ

九月十八日、歴代和尚追善法要、秋の彼岸永代祠堂法要を務めさせていただきました。今回はみなさん、運動会、稲刈りなど重なり、こじんまりとした法要でした。岐阜から正渓寺様、清見寺様、高山・宗猷寺様、 この夏、得度した鳳雅禅士がご参加くださいました。

●清見寺の庵主様(琵琶の尼様)

秋の彼岸法要においでいただきました清見寺の庵主様(琵琶の尼様)に来年もぜひ琵琶を聴く会をもよおしたいのでご都合つけてほしいとお願いしましたところ、快諾いただきました。来年度の行事予定発表のころまでには日時をうちあわせして発表い たします。お楽しみに。

●東山連合寺院、連合布教のお知らせ

高山市内ご門徒寺院様以外で作る東山連合寺院では毎年、各宗派の第一人者である布教師さんをおむかえして、お話を聞かせていただくことにしております。今年は、臨済宗、法華宗、黄檗宗の当番で、宗猷寺様のお世話で臨済宗の布教師さんをお迎えすることになりました。追って詳細はご案内いたしますが、十一月十八日、宗猷寺の観音法要に合わせ聴聞いたします。宗猷寺観音法要は三十三観音の仏像を参詣された皆さんに手渡しできるありがたい法要です。恩林寺の檀信徒のかたでご都合の つくかたはぜひお参りください。 法要には恩林寺住職も随喜させていただきます。

住職合掌

頭陀袋052 すべては心によって作られる

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平成28年 2019/02/09takenoko

頭陀袋064 人生の旅も変化がある方が味わい深い

長野県塩尻市の曹洞宗無量寺東堂 (前住職) 青山俊董(あおやましゅんどう)師は曹洞宗の大教師として尼僧教育に努められ八十二歳の今もご活躍です。

今年九月、海竜社から出版された単行本は素晴らしいことが たくさん書いてあるのでまとめ買いをして親しい仲間に施本をいたしました。その内容を一分紹介いたします。

亭主関白だった御主人を亡くされたMさんがしみじみいった。
「主人のいるうちはこんなわがままな亭主はいなくなったらさぞかし楽になるだろうなあと思いました。ところがなくなってみて初めてこんなに風除けになってくれていたのかと、遅ればせながら気づかせていただきました。毎日お線香をあげては主人に詫び、また感謝しています。」

月も雲間があったほうが楽しいよう に人生の旅も変化があったほうが良い。愛する日あり、憎しみあう日もあり成功して天にも昇る思いになったり失敗して谷底の沈む思いになってみたり、生まれた喜び、死んだと嘆き、おかげで七十年、八十年、退屈することなくすごさせてもらうことができる。月と雲と、空とそして地上の山やススキと、全体が一つの視野の中にあるから美しくまた楽しいのである。人生の景色も愛の時は愛にのみとらわれ憎しみに変わったら憎しみのみで他が見えなくなってし まうと楽しくない。愛と憎しみとは一つのことの裏表。「こんなに憎らしいのはこんなに愛している証拠」一方の姿にとらわれず常に全体の展望ができる目の高さを持って生きることができたら人生の味わいは深いものになるでしょう。

お寺からのお知らせ

ことしの秋の彼岸総回向法要は、下岡本町 和合会物故者法要、恩林寺門前おやじ会、檀家様の年忌法要などが重なり、彼岸中、夜座を設けお寺だけで祠堂回向、永代経供養、三十三観音参拝者各位の先祖供養をさせていただきます。

黄檗宗管長近藤博道猊下御親修

ご本尊聖観世音菩薩奉賛法要について 管長猊下はかねて末寺の活性化のためよりたくさんの末寺を訪問し、檀信徒の皆さんにおあいしたいとのご方針から就任以来、積極的に地方の末寺の御親修をされております。
この度骨山、恩林寺にお運びいただける こととなり、来る十一月十一日午前十時ご本尊聖観世音菩薩奉賛法要をお勤めすることとなりました。檀信徒様のご参加をぜひともお願いいたします。
恩林寺ご本尊は昔、黄檗山萬福寺聯灯堂の秘仏でありましたが直翁管長の時代に下付されたというご縁があります。

頭陀袋第六十四号について

先日、森下町の寺脇さんから電話がありました。「和尚さん、頭陀袋は六十一号が二枚もあるよ。」とのご託宣。
坊さんは名前の通りボーッとしておりました。つまり今回は六十四号にあたります。ごめんなさい。

住職合掌

頭陀袋064 人生の旅も変化がある方が味わい深い

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平成29年 2019/02/10takenoko

頭陀袋070 一分は生まれつき、九分は親の教え

うちの子はハイハイをし出すのが遅いような気がする…?

隣の子はひらがなが読めるのに、うちの子はどうしてまだ読めないのだろう…?

なぜ、うちの子だけ逆上がりができないの…?

様々なことで親は、わが子とほかの子と比べたがる。

劣っていると不安になり、どうしてなのかと苛立つのもよくあることだ。

江戸時代の学者、林子平 (はやししへい) が書いた「父兄訓」では親のそういった態度を一刀両断にしている。
わが子が他人の子に劣っていることに腹が立って、ののしり叱る親がいる。これはあまりにも無理、無体な事である。子供が劣るのは生まれつきではなく、親の教育が悪いからなのだ。子供の出来は一分が生まれつき、残り九分は親の教えによる。子供をみれば親が賢いかどうかまでわかるものだ。子は親の鏡のようなもの。「勉強しろ。」と口うるさく言う前に自分もまず学び、成長することが大切でしょう。近年はマスコミが悪い、学校の先生が悪いと、責任転嫁している例が多いように思えます。

山号について

476994.png下岡本にある願生寺様は山号を【海塩山】 真光寺様は【萱垣山】と申します。ほぼどこのお寺にも山号というのがあって、もともと山の裾、山の上、などにお寺があったので○○山○○寺といったのでしょう。

願生寺様は金森様が高山を治める前は、旧荘川村海塩にあったことに由来しています。真光寺様の萱垣山の由来は、天文年間、萱垣市右衛門という方が出家し真光寺の基を築いたという歴史があります。

ちなみに恩林寺は現在の八日市羽田の華岳山麓にあり、高山に移転後も旧跡:華岳山を名乗っております。

昨年秋には黄檗宗管長猊下をお迎えして観音慶讃法要を務めましたが、その折猊下の御染筆「華岳」を記念として頂戴いたしました。

早速、表装ができあがりましたので、三月十八日春の彼岸法要の折、お披露目させていただきました。

お寺の近況

三月十八日(観音様のご縁日)恩林寺で は涅槃忌が勤まりました。 当日は、関市:正溪寺様、各務ヶ原:清見寺様、高山:宗猷寺様、恩林寺住職、 鳳雅禅士が奉仕くださいました。

お釈迦様が亡くなった時の涅槃図の解説、三月におこなわれました黄檗山禅堂の雲水さんたちによる遠鉢(えんぱつ)の様子について報告いたしました。また、鳳雅禅士の黄檗山学生寮にこの三月から入寮することなどを報告させていただきました。

住職合掌

頭陀袋070 一分は生まれつき、九分は親の教え

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平成30年 2019/02/19takenoko

ブログ運営者

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檀信徒の皆さんに『一休さん・珍念さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております恩林寺徒弟、鳳雅禅士です。

住職との血縁関係はない在家出身ですが、恩林寺で僧侶となる仏縁を頂戴し、幼き頃からの夢を叶えることができました。

今は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺(黄檗宗本山)にて修行しながら大学に通わせて頂いておりますので、普段は恩林寺におりません。

年末年始やお盆には帰ってきます。その時に皆さんと笑顔で会える様に「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。

感謝・合掌。