仏教

頭陀袋016 四門出遊 (生老病死)

あるときゴーダマシッダルタ王子は城の外に出たいと思い、父王の許しを得て東の門から出られた。

そして馬車に乗って園林に向う途中、頭は白く歯は抜け落ち、痩せ衰えて腰の曲がった男を見られました。 王子はびっくりして控の者に「ああ、どうしてこの人は、こんな姿をしているのか?」と、聞かれました。

「王子様、これは老人というものです。」
「どうして老人といわれるのか?」
「人は、年をとると皆、このようになり、余命いくばくもなくなります」
「私もそうなるのか? 其れはまぬがれることができないのか?」
「王子様、生きている者は皆老います。これはどんな偉い人でも免れることはできません。」

王子はこれを聞いてすっかり気が沈み、行楽の気分は消え失せてしまいました。

またある日、二度目の外出をすることになり、今度は南の門から出られました。すると途中で、身はやせ細り、顔は黒ずんだ一人の病人が、自分の汚物でまみれて苦しんでいました。

控の者は、 「これは病人という者で人は誰でもかならず病気になります。」 といわれ、王子は楽しもうという気持ちは消え失せてしまいました。

三度目は西門から出ることなり、途中で死んだ人を嘆きかなしむ人たちを見かけられました。

「これは何というものか?」
「これは死人というものです。」
「死とはどういうものか?」
「死とは命が尽きることです。二度と親、兄弟を見ることができなくなります。」
「私もそうなるのか?」
「そのとおりです。生あれば必ず死があります。其れは誰ひとりのがれることはできません。」

太子は悄然として馬車を城内に引き返させた。

468008.pngまたある日、四度目の外出のとき、北の門から出て歩いているとある人が衣を身にまとい鉢を手にして歩いているのをご覧になり、 「あれは誰か?」と、太子が聞かれると、

「彼は、出家した僧です。僧とは人間の欲と情愛をすべて断ち切った人で、何事にもまどわされず、飢えることも、楽しむこともない境地にある人です。」
これを聞いた太子はきっと、此処に救いの道があ るものと確信しました。 これがお釈迦様が出家を志すきっかけとなったのです。

四門とは東方 発心門・南方 修行門・西方 菩提門・北方 涅槃門といい、佛葬では四門を行道する。

住職合掌

頭陀袋016 四門出遊 (生老病死)

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平成25年 2019/02/02takenoko
タグ:仏教

頭陀袋017 真珠取りの苦労

あるとき、アナン尊者はお釈迦様に申し上げた。

「世尊は国の王者としてお生まれになり、樹下に端座されることわずか六年でお悟りを開き、仏となられました。そう考えますと仏果を成就することはそれほどむずかしいことではないように思われますが、いかがでしょうか?」 すると、世尊は 次のような因縁話を引いてお話になった。

518913.pngあるとき長者がいて家財や財宝は蔵に十分にあり、求めて得られないものはないほどであった。しかしただひとつ赤い真珠がなく、これをなんとしても手に入れたいと思い、ついに意を決して多くの家来を連れて海に行って探そうとした。そのために幾山越え、とても長く険しい旅を経てようやく海岸に出て、真珠の採集に取り掛かった。そのためには、まず、自分の体に針を刺して血を出し、その血を皮袋に盛り、海底に沈めるのである。すると真珠貝は血の香りに誘い出されて皮袋を食べようとする。その瞬間、真珠貝を捕まえ、貝を割いて中の珠を取り出す。このやり方で採集を三年間続け、ようやく一個の赤真珠を得たのである。こうして長者は長年の望みを達し、おお喜びで海岸まで帰ると、連れの者たちは皆口々に賞賛した。しかし一人の悪人がいて、ある日、長者を井戸の近くに連れ出すと、隙を見て彼を井戸の中に突き落とし、井戸に蓋をして真珠を奪って逃げてしまった。長者は井戸の底に長く閉じ込められ、苦しんでいると一頭の大きな獅子が横穴から入り込み、水 飲みにきたから恐ろしくてたまらない。彼は息を潜めてじっとしていると、獅子は気ずかず出ていってしまった。このとき獅子のあとをたどって穴を通り抜け、やっと井戸の外に出ることができた。

かくして、九死に一生を得て故郷に帰り、自分を突き落とした悪人の家を訪ねるとその男は長者を一目見るなり死人が生き返ったと思い、震えあがった。そして盗んだ真珠を返したので、長者は男を責めることなく我が家に帰った。家に帰ると二人の子供がいて真珠を見るや、これをおもちゃにして遊んだ。そのとき、兄のほうが弟に「これはどこからでてきたのか?」と聞くと、弟は、「これは僕の袋から出て来た。」といい、兄は、「違うよ。これは家の甕の中から出てきたんだ。」といった。このやり取りを聞いていた父は思わず吹き出しておおわらいをした。其れを妻が見て「どうしてそんなにおかしいのですか?」と、いうので、長者は「いやはや、子供たちはまるで好き勝手なことを言っておる。この赤真珠を手に入れるために俺がどれほど苦労したかとても口では言い表わせるものではない。子供は其れを知らないから、袋から出たとか甕から出たとか、手品みたいなことをいって、これほどおかしいことはない。」

此処まで、話をされて、世尊は言葉を改め、アナンよ。お前が私のことを六年の修行で成道したと思うのは、今、話した子供と少しも変わらないではないか。アナンよ。お前のような賢いものでもそんなのんきなことをおもっているのか?」と、言われた。

他人のしたことはどんなことでもその結果だけ を見るとそれほどの苦労をしたものとは見えないが、その過程を考えるといろいろな苦労があるものです。五観の偈にいわく「ひとつには功の多少をはかり、かの来処を量る。と、あるように、いっぱいのご飯を食べるとき此処までのご飯になるまでには沢山の人たちのご苦労があった。ここにいたるまでのご苦労を返り見ることが大切でありましょう。

住職合掌

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平成25年 2019/02/02takenoko
タグ:仏教

頭陀袋018 人は使命に生きる

人生とは、生まれ、老い、病み、死ぬものです。なぜ人間は生まれ、死ぬのでしょうか?

仏教では以下のように説いて居ります。

「因縁によって生じたものは、また因縁によって滅する」生者必滅、会者定離であります。つまりは生があるから死があり、出会いがあるから別れがあるのです。又、はじめがあるから終わりがあるのと同じことです。万物はすべてこのように、人間だけが例外ではありません。ですから、決してもだえたり悲しんだりするものではないのです。

さて、人は因縁によって生まれた以上、生きなければなりません。いかに生きるかが今後の大きな課題であります。そこで、ひとつの生き方として、表題のように「人は使命に生きる」があります。人は、この世に生まれた以上、好むと好まざるにかかわらず、何らかの役目を果たさなければ生きられないということであります。

ところで、人生を、劇場にたとえることがあります。演劇は、筋書きに基ずき、それぞれの役割に応じて、みんなが一致協力してこそ立派な演劇ができるのです。私たちは社会と言う大きな舞台で、人生と言う演劇を成功させるためにそれぞれ、役割分担をしているのであります。自分の役割は何か?つまり自分の使命は何かとしっかり自覚して最善をつくさねばなりません。・・・・・らしくと言う言葉がありますが、たとえば男らしく、女らしく、子供らしく、母親らしく、のようにです。自分の役柄をしっかり自覚して一生懸命、演じることが大切であります。そのほか、人には、いろいろな役目があります。あれもこれも、と沢山の役割をこなさなければならないこと もあります。その役目をしっかり果たすということがいかに生きるか、ということになります。

主役、脇役、よい役、悪い役、難しい役、 優しい役、さまざまありますがみんな大切な役なのであります。その役割をいかに演じていくかは、その人自身の問題であります。立派に正念場を作り、自分の使命を尽くしたいものであります。

除夜の鐘

237028.png私たちがこの一年犯した悪い行い、罪、穢れを百八の鐘をつくことにより懺悔(反省)し、心の洗濯をして新しい歳を迎
えましょう。どなたでも参加ください。

住職合掌

頭陀袋018 人は使命に生きる

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平成26年 2019/02/03takenoko
タグ:仏教 , 除夜の鐘

頭陀袋019 侍女離魂 (迷悟・自己)

中国に張鑑という人がいて、その末子に倩という美しい娘がいた。又、張鑑の甥に王寅という、美男子がおり、張鑑ははじめ、甥に娘の侍を妻にやろうと、約束した。しかし後で、気が変わり軍の幕僚に嫁がせることにした。これを聞いた侍は悲しみ、気が鬱ったあ まり病気になってしまった。

王寅もまた、叔父が約束を違えた事をうらみ、国を去って都に向けて旅だった。旅の途中、船に乗って数里を行ったところで、夜半に、岸の上から船を追ってくるものがいる。誰かと思って見れば、あの恋しい侍女である。王寅はすぐ手を差し伸べて彼女を船の中に導き、方向を変えて蜀の国に入り、一緒に暮らした。

それから五年の歳月が過ぎ、倩は一人の子供を生み、仲むつまじく暮らしていた。ある日、倩は夫に言った。「私たちは、こうして子供もできたことですから、里帰りして両親にお会いし、これまでの親不孝をわびて、天下はれての夫婦になろうじゃありませんか。」夫も、「其れがいい、そうしよう。」 と言うことで、いっしょに故郷に帰った。まず、夫の王寅が一人で張鑑の家に行き、国を出てから、倩と一緒になった行きさつを話し、親不幸をわびた。張鑑はその話を聞き、たいへんおどろいて、「へんなことを言うではないか。娘はお前が旅に出てからというもの、ずっと、奥の部屋に寝込んでしまい家から出たこともないぞ。」

801670.pngしかし、王寅は其れを信じようともせず船に戻って妻と子を連れて義父の家の前に来たところ奥の部屋に寝ていた倩が出てきて彼らを出迎え、王寅が連れてきた倩と合体してしまった。

これは禅宗の無門関という本にある公案(坊さんの修行に出てくる宿題)です。

魂と胴体が離れて、また、くっついたことは、何を意味するのでしょうか?
王寅と一緒になった倩と、寝たきりの倩と、どちらが本当の自分でしょうか?
人間は時たま、自分を見失ったり、知らぬ間に別の自分がまよい出たりすることがあります。

住職合掌

頭陀袋019 侍女離魂 (迷悟・自己)

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平成26年 2019/02/03takenoko
タグ:仏教 , 無門関 ,

頭陀袋022 お施餓鬼の由来について

目連尊者(お釈迦様の弟子)はあるとき、自分の母は亡きあと、どうなっているかを神通力をもって探したところ、餓鬼道に落ちて、肉は痩せ衰え、骨ばかりで地獄のような苦しみを得ていた。

237025.png木蓮尊者は神通力をもって母を供養したいと思ったがどうしても自分の力ではどうすることもできなかった。

木蓮尊者 はお釈迦様に、どうにかして母を救うことができないでしょうか?とたずねると「お前の母の罪はとても重い。生前は人に施さず自分勝手に振舞ったので、餓鬼道に落ちたのだよ。」夏安居(げあんご)、即ち雨季の修行の期間が済んだあと、ご馳走を用意し、修行の坊さんにお願いして供養しなさい。」と、言われた。木蓮尊者はその通りにすると目連の母は餓鬼の苦しみから救われた。といわれています。

もう一説には お釈迦様のお弟子である阿難尊者は静かな場所で座禅瞑想していると、焔口(えんく)という餓鬼が現れた。痩せ衰えて喉は細く口から火を吐き髪は乱れ、目は鋭く奥で光る、醜い餓鬼であった。
餓鬼は「阿難よ、お前は三日後に死んで私のような醜い餓鬼にうまれ変わるだろう。」といった。
阿難は「どうしたら私はその苦難からのがれることができるのか?」と聴くと、
餓鬼は「其れはわれら餓鬼道に落ちて苦しんでいる衆生に飲食を施し、佛法僧の三宝を供養すれば汝の命は延び、我等もまた苦難を脱することができるであろう。」と言った。

しかしそのような金銭のない阿難は釈尊に助けを求めた。 釈尊は、「観世音菩薩の秘呪がある。一器の食物を供えこの加持飲食陀羅尼(かじおんじきだらに)を唱えて加持すれば、その食べ物は無量の食物となり、一切の餓鬼は十分に空腹を満たされ無量無数の苦難を救い、施主は寿命が延長し、 その功徳により仏道を証得することができる。」といわれた。
阿難は早速その通りにすると、阿難の命は延びて救われた。これが施餓鬼の起源といわれております。

221298.pngこの二つの話が混同され、おおくの寺院では、 盂蘭盆の時期にお施餓鬼が行われるようになった。と、言われております。 日本におけるお盆の場合、各家の祖霊は年に一度、家の仏壇に帰ってくるものとしてお盆の期間中、毎日、供物を供える。それと同時に、無縁仏となり、俗世をさまよう霊 (水子・あるいは供養されなくなっている一切の精霊)戦没者、地震被災者、交通事故死者、三界萬霊を供養するということであります。また、近年では、餓鬼という言葉が差別に当 たるのではないかという説もあり、こうした法要を水陸会(すいりくえ)と、言うことも あります。この法会は何時行うというものではなく、仏様のご供養というものには決まっ た日にちを指定するものではありません。

高山では本町会、東山連合寺院主催で、毎年 八月十九日頃、お盆の精霊送り、川せがき という法会を柳ばしで行っております。

恩林寺では県内のお寺さんの日程もありますので、六月二十九日(日曜日)を計画いたしております。ご参詣のご縁をいただきたく追ってご案内もうしあげます。

住職合掌

頭陀袋022 お施餓鬼の由来について

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平成26年 2019/02/03takenoko

頭陀袋024 浄土に行ってきた僧の話

昔、中国に恵鏡法師という立派なお坊様が居られた。ある晩、夢の中でお体が金色に輝き、お顔はとても端麗なる一人の沙門(出家した坊さん)が現れた。その神々しさに思わず合掌し礼拝すると、沙門は「あなたは浄土を見たいと思 いませんか?」と、恵鏡にたずねられた。「仏を拝顔させていただけるなら、今生の望みはすべて尽きるというものです。」沙門はそれを聞くと ひとつの鉢を恵鏡に授け、「この鉢の中をご覧ください。」と、言われたので、鉢の中を覗き込むとそこにはまさにお経に描かれているような浄土の世界が広がっており、即ち、大地は黄金で成り、金縄の道を境として何処までも宮殿楼閣が続き、仏の弟子である声聞と菩薩たちは、雲のように連なり、仏様を中心として霞のようにあまねく集い、今、まさに御仏の説法が始まるところであった。御仏の声は清らかに冴えわたり、それは極楽浄土に棲む鳥のこえにも似て美しいお声であった。沙門は恵鏡を連れて仏のところへ導き、すぐに姿を消してしまった。仏は恵鏡にこういわれた。「あなたは今の沙門を知っているかな?彼はあなたが作った釈迦の像であり、また、私はあなたが作った阿弥陀の像で ある。釈迦は娑婆穢土の泥中に出て、悪を極め愚かさに迷う衆生を導き、成仏にいたる路を示し、阿弥陀佛は浄土にあって、あらゆる迷える 人を残らず救いとり、苦しみに満ちた娑婆に二 度と帰させないことを大きな願いとしている。
このことをよく理解しなさい。」恵鏡はこれを聞いて歓喜に絶えず、もっと仏のお姿を拝顔しようと身を摺り寄せたがたちまち仏を見失ってしまい、そこで、目が覚めた。このことがあってから恵鏡は自らの手で造作した釈迦と弥陀の仏像をますます礼拝供養するようになった。そして、臨終のときはとても安らかでその遺骸も全身から良い香りを放つほどであった。

関連話

ある日、白隠禅師がお寺で提唱していたときのこと、その聴衆の中に一人の念仏爺さんが居て、禅師の話を聞きながらしきりにお念仏を唱えていた。禅師は提唱が終わると、この老人を居間に呼んで、試みに念仏の功徳をたずねて見た。「いったい、念仏は何のおまじないになるのかね?」すると爺さん「禅師、これは凡夫が仏になるおまじないです。」と。禅師「そのおまじないは誰がつくられたかな。阿弥陀様はどこに居られる仏かな。阿弥陀様は極楽におられるのかな?」と、言っていろいろ念仏信者の老人を試した。すると老人は「禅師様、阿弥陀様はただいまお留守です。」禅師は「しからばどこにおいでになられているのか?」と、問うと、「衆生済度のために、諸国を行脚せられてます。」「では、今頃はどの辺りにきてござるかのう?」と、たずねたときに、その老人はおもむろに自分の胸に手を当てて『禅師さま、阿弥陀様はただいまここにおいでです。』と、言ってさらに念仏申しました。これにはさすがの白隠禅師も、すっか り感心した。という話が伝わって居ります。自力の極端である禅宗と、他力の極端である真宗とは、たとえその説明方法において違いがあっても結局、いずれも大乗仏教であり『仏、我にあり。』という安心においては何の違いもない。ということでありましょう。

住職合掌

頭陀袋024 浄土に行ってきた僧の話

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平成26年 2019/02/03takenoko
タグ:仏教 , 白隠禅師

頭陀袋025 数珠の功徳 (信仰・数珠)

お釈迦様が霊鷲山で説法されていとき、ナンダ国(古代インドの小国)のハルリ王が使者を遣わし、世尊に「我が国は辺境で、国も小さく、常に兵乱が起こって食物も高く、疾病が流行して人民が困っております。王として心の休まる日は一日とてありません。願わくはお慈悲を持って仏法の肝要をお示しください。」と、哀願した。お釈迦様は「もし、煩悩や諸苦を滅したいと思うなら百八の木穂子(モッカンシ)をつなぎ、行住坐臥、常に身に着けて、心の散乱を止め、仏法僧の三宝の名を念じ数珠を爪繰りなさい。そして百辺、千辺、百万辺せよ。もし、一万辺になれば百八煩悩は断つことができよう。もし、二十万辺を満たせば夜摩天宮に生じ、衣食、は自然に備わり、安楽を得ることができるであろう。」とのお示しであった。王は大いに喜び、さっそく数珠、一千連をつくらせ、六親眷属に与えて、作善に努めた。王は常に称念して軍陣に出ても数珠を離さなかったという。
解説 (百八、というのは、除夜の鐘のように、人間の煩悩を表す数のことを言います) 経典による、数珠の起源とされている木穂子は俗にムクロジという黒い木の実で堅く、金剛子ともいわれております。百八の半分五十四、二十二、の数珠玉を仕立ててある場合もあります。

お寺からのご報告

先の頭陀袋でもお知らせいたしました恩林寺の施餓鬼法要は六月二十九日、檀信徒様をお迎えしてお勤めさせていただきました。県内 の黄檗寺院の和尚さんのご協力を得て近年になく盛大に行うことができました。こうしたお施餓鬼はじつに八十年ぶりかと思われます。 また、翌週、土曜日には檀家さんの成瀬克子さん夫婦が主体となり、インドの弦楽器、サントールの奏者、ジミー宮下氏を招きライブ を行いました。当日は、富山、岐阜、などよりライブを聞きに来てくださった方もあり、大変盛況でした。お寺といたしましてもこうした機会に皆さんに利用していただき、少しでも御縁につなげ ていただけたらと思っております。また、七月第四日曜日は、明晶会様主催、暁天座禅会 が予定されております。

住職合掌

頭陀袋025 数珠の功徳 (信仰・数珠)

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平成26年 2019/02/03takenoko

頭陀袋030 佛のお慈悲

世を救う 三世の仏の心にも似たるは親の情けなりけり。 子供がほめられれば、わたしが褒められたように、子供が成功すれば自分が成功したと、一瞬一時でも子供のことを思うお母さんの気持ちこそ、仏様のお慈悲に近いものはありません。

東日本大震災の被災地、福島県生まれの野口英世博士のことであります。

545403.png野口英世博士が子供のころ、母親がちょっと目を離したすきに囲炉裏に落ちやけどをしてしまい指が固まってしまいました。おかあさんは、自分の失敗と思い深く反省して、どうしてもなおしてやりたいとの思いから何軒もの医者を探し、ようやく使える手になりました。 そのお母さんに感謝した英世は医者になって気の毒なひとたちを救おうと医学を志し、アメリカにわたって黄熱病の解明と治療に尽力されたのでした。

忙しい合間に日本に帰国して各地を講演して回っている巡業中、一時もお母さんと離れず一緒でした。大阪、箕面の茶店で休んでいたとき「お母さん。お茶をどうぞ。」「お母さん此処の紅葉はきれいですね」と、お 母さんをいたわる英世の姿に感動した茶店の女主人は野口英世博士の銅像を建てたそうです。

子供はかわいいと思えば思うほど、幸せになってもらいたいと思えば思うほど、子供にお金や地位を作ってあげても、本人の努力が足りなければ、よけい不幸になります。かわいいと思えば思うほど、一番大切な時に代わってあげられない。だから親は陰で涙を流し何とかこの苦難を乗り越えてくれるように祈らずにはいられないというのが 「慈悲」の悲です。

サンスクリットのカルナーで「叩く」「嘆く」という意味を持っている字が「悲」です。親やが子供に乳を与 えている姿は母子、一つになっております。 サンスクリットのマイトラで「親近感」「一体感」の意味持っている字が「慈」です。

アメリカインデアンのうけつがれていることばに

078859.png「我々はこの大地を祖先から相続しているのではない。我々の子孫から預かっているのだ。」

というのが残っております。

祖先への感謝の気持ちと未来の人たちの配慮を忘れないで私たちは慈悲の心を温めたいものであります。


(犬山市先聖寺様の御説法より)

住職合掌

頭陀袋030 佛のお慈悲

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平成27年 2019/02/04takenoko

頭陀袋031 四つの誓い

衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)すべての人たちが救われますように、

煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)尽きない煩悩を断ち切れますように

法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)たくさんの仏の教えを学べますように

仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう) この上ない仏道を成就できますように。

さてここに掲げましたのは四弘誓願文(しぐせいがんもん)という願文であります。

私たち仏教者は、ことに、坊さんは この誓願をおこし、仏のおしえに背かないように 努力しなければなりません。

237028.png平成二十六年の除夜の鐘は、なるべくたくさんの方に突いていただきたいと思い、毎年、午後十一時半から始めるのですが今回は十一時より突き始めました。人間の煩悩は百八つあるとのことから碁石の白いのを五十四個、黒いのを五十四個準備しまして鐘を一つ突くと用意したべつの缶に移す、白いのがなくなると半分終わった。という目安になります。

さて私たちの煩悩はたった百八ぐらいでしょうか? 物欲、お金の欲、色欲、名誉欲、食欲、なかなか「どうして尽きない煩悩であります。一年のさいごの夜、この煩悩を捨てて新しい年を迎えるわけですが百八というのは、たくさん、たくさん、と、とらえてもいいのでないか。こんなわけで碁石がなくなって約半時、御近所の方々についていただきました。

来年もどうか、どなたでも、除夜の鐘をつきにきていただきたいとおもいます。

法門無量誓願学、たくさんの仏の教えを学べますように。

a01__midium.jpg私は昨年暮れに善財童子(ぜんざいどうじ)の由来についての本を入手いたしました。実は黄檗宗のお経の中に在家の方々が必ずや成仏できますようにという善財童子が登場する三宝讃(さんぼうさん)というのがあります。

昔あるインドの大金持ちの息子さん、つまり善財童子が菩薩になる道を求めて善知識(先輩がた)を訪ねて教えを乞う旅に出ます。先輩方の教えを ききながらまた、次の先輩を紹介してもらい、つ いに五十三人の先輩に教えを乞うと、すでにあなたは菩薩と同じ修行ができたのだと、仏から認めていただけた。と、言う物語です。
こうした話が日本でも庶民の文化に影響して、東海道五十三次なんて言うのですね。善財童子は、華厳経(入法界品)に登場する童子なのですが、皆さんも東大寺の宝物の写真などで子供が合掌しながら歩いており、ふと、後ろを振り向いているのをご覧になったことがあるかもしれません。耳の上に髪の毛をカールした(これをみずら) といいますが、とても頬笑ましい像です。
こうして私たちは長い歴史とともに培われてきた仏様の教えを、毎日の生活の中に取り入れて、先輩方の守り通してきた、四つの誓いに少しでも触れながら、やり直しのきかない残りの人生を送りたいものであります。

住職合掌

頭陀袋031 四つの誓い

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平成27年 2019/02/04takenoko

頭陀袋041 ありがとうの由来

私たちは日常、有難うという言葉を使いますね。”有難う”は仏教に由来する言葉です。そのもととなった話を紹介しましょう。

盲亀浮木(もうき、ふぼく)のたとえ

7914-300x225.jpgお釈迦様はあるとき弟子のアナンに問いました。「アナンよ。お前は人に生まれたことをどのように思っているのか?」
するとアナンは「はい、大変喜んでおります。」
お釈迦様は「ではどのくらい喜んでいるのかね?」かさねて尋ねられ、アナンは言葉に窮した。
するとお釈迦様は一つのたとえ話をされた。

「果てしなく広い海の底に、 目の見えない亀が居たとしよう。 その亀は百年に一度海面に顔を出す。 広い海には一本の丸太棒が浮いている。 その丸太棒には小さな穴が開いていて, 丸太棒は風のまにまに西へ東へ、また、南に北に漂っているのだ。百年に一度浮かび上がるその目に見えない亀が浮かび上がった拍子に丸太棒の穴にひょいと頭をいれることがあるとおもうか?」

「お釈迦様、そんな事はとても考えられません。」「絶対ない。と言い切れるかな?」お釈迦様はさらに念を押されると、

「何千年,何万年、何億年の間に、もしかしたら頭をいれるということがあるかもしれません。」と、アナンは答えた。

「ところがアナンよ。 私たち人間が生まれるということはその亀が丸太棒の頭を 入れるよりもむずかしいことなんだ。 ありがたいことなんだよ。」と、教えられています。 ありがたいということは、あることが難しいこと、めったにないこと。でも、人間に生まれることが難しいと言われても、気ずいたら人間でしたもんね。地球上には哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、蝶、蟻、目に見えないダニなど百五十万種類の生物が混在しているといわれています。そのなかの人間、六十億人、日本人、一億二千萬人。人間にしても生物の中のほんの一 部です。ほかの生物でなくて、人間に生まれた。気の遠くなるような話です。

曹洞宗の修証義の一節、人身得ること難し、仏法逢うことまれなり。です。今晩、寝る前に、独り言で唱えてみましょう。人身得ること難し、仏法あう ことまれなり、今、われら宿然のたすくるによりて、すでに受けがたき人身を受けたるのみに非ず、逢い難き仏法にあいたてまつれり。と。

九月二十日、秋の彼岸会、永代祠堂の法要 を務めさせていただきました。

japan_amasan.png今回は農繁期に加え、ほかでも行事が重なりまして、こじんまりした法要でした。

お経においでいただきしました尼僧様は、琵琶の演奏をされるとのことで、次回はぜひ、法話の代わりに琵琶を聞かせてください。

とお願いしました。 お楽しみに、、、。

住職合掌

頭陀袋041 ありがとうの由来

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平成27年 2019/02/04takenoko

ブログ運営者

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檀信徒の皆さんに『一休さん・珍念さん・小僧さん…』様々な愛称で呼ばれております恩林寺徒弟、鳳雅禅士です。

住職との血縁関係はない在家出身ですが、恩林寺で僧侶となる仏縁を頂戴し、幼き頃からの夢を叶えることができました。

今は京都府宇治市にある黄檗山萬福寺(黄檗宗本山)にて修行しながら大学に通わせて頂いておりますので、普段は恩林寺におりません。

年末年始やお盆には帰ってきます。その時に皆さんと笑顔で会える様に「一日一善」を心がけながら、日々精進していきます。

感謝・合掌。