頭陀袋096 一心不生

一心不生 (今、目の前のことにベストを尽くす)

人はよりよくなろうと思って、無茶な事に挑戦する。 
なぜ、いまのことにベストが尽くせないのか?
一番慣れた今の仕事をこなせなくて、やったこともない仕事に
挑戦するのは心に迷いが生じているからだ。
 

「一心に生ぜざれば万法咎無し」(信心銘)
あれが良い、これが良くないという分別のさもしい心さえ起こらなければ、この世に存在する全てのものは、そのまま仏であると見えてくる。

今いるところが極楽なのだ。
この極楽の中で迷うことなく自己実現の努力をすることが一番貴重な事なのだ。
心に小智が動いているうちは何をしても成功しない。
もっと分別心を捨てて裸になり、仏の大智をそのまま自己のものとして生きてこそ人生の成功につながるといえよう。

今回は、少し難しくなってきました。はてな?はてな?と思わないで、話の狙いとするところを見ていただければありがたいです。

鎮守の観音さま

青葉が目に染みる好時節となりました。  骨山(貧乏寺)の庫裡の裏に青葉に包まれ、ひっそりとお祀りしてある石仏があります。
三年前、ある居士様から、 来歴不詳との事でこのお寺に収められた観音像です。

お像の両脇には心操妙玄信女。文政四年辛巳六月之建。とあります。
今から二百年前、心操妙玄信女とはなんと奥ゆかしい戒名でしょう。 
この女性がどんな一生を送られたのか、この信女を追善された親族はどんな方であったのか…
今は、知る由もありません。
二百年の後、このお寺にご縁を結んで頂き、鎮守社のないお寺の鎮守佛として、雨の日も、晴れた日も合掌し続けて頂いております。

住職合掌

頭陀袋096 一心不生

image_preview.png実際の頭陀袋はこちらです。

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