頭陀袋092 縁の下の力持ち

“縁の下”を辞書で引くと(えんがわの下、とか、床下)と、出てきます。
これから想像し、“縁の下の力持ち”とは土台石のことだと
早とちりしてしまう人がいるようです。
“土台石のように目立たないところで大物を支えるのが縁の下の力持ちと、言われる人である”と、
説明する人さえいます。
そう解釈してもよいかもしれません。
しかし、語源はつぎのような話があるので紹介しましょう。
聖徳太子.png難波の四天王寺は聖徳太子が創建された最初のお寺ですが
仏教伝来を記念して『縁の下の舞』と称する舞楽がずっと行われてきました。
旧暦二月二十二日、聖徳太子の聖霊会に縁の下、つまり聖霊院の庭先で縁の下の舞を舞うのです。
舞台の上に上がらず、人に見えないところで舞うことから、いつしか『誰も見てくれないのに精を出すこと』を、縁の下の舞というようになり、やがて、いつのころからか
『舞』の部分が『力持ち』に置き替えられ、こちらの句が広まったようです。
意味の方は『人に知られないで力を尽くす人』ということに変わりはありません。

仏教では陰の力を説きます。

『お陰様で』

私たちはこうして生きていられるのですね。
私たちを陰で支えている人の中には存在さえ認知されない
たくさんの人達があります。

また、自分が陰の力になることを『陰徳を積む』と、言います。

他人に評価されてしまった陰徳はもう、陰徳ではありません。
人に知られないようなところで積むから陰徳になるのです。
一方、陰徳に拘るあまり、人に知られることを避けるのもいけません。

ひとに知られようが知られまいが徳を積み続けて行くことが大切でしょう。
結果は後からついてきます。
ひたすら、積善、積徳、という菩薩行に専念する。
そのことが自分の豊かな未来を開いてゆくことになるでしょう。

住職合掌
 

頭陀袋092 縁の下の力持ち

image_preview.png実際の頭陀袋はこちらです。