osyou.jpg恩林寺寺報の頭陀袋を毎月1日に掲載予定です。

住職が毎月発行している『寺報:頭陀袋』を過去に発行したものも併せて掲載しております。

頭陀袋090 『今を気張らにゃ』

2019-11-28

平成八年三月一日、私は京都黄檗山萬福寺五雲居におりました。この日は宗内の僧侶育成のための春季講習会が実施中。その頃の私は二十数年のサラリーマン生活を続けておりました。勤務先のオーナーは裸一貫から身を起...

頭陀袋089 滅相もない

2019-11-01

「滅相もない」と言えば「とんでもない」という意味とほぼ同じで、あるべきことに対し、否定的に使われる言葉です。 また、「滅相もない」と「疎相な」が似たような意味なのは、とんでもないことなのか…。とにかく...

頭陀袋088 慈眼視衆生

2019-09-25

人は物を見るとき、自分の損得のレンズを通して判断する。そこに働く分別心に気付き、自分でもなんてあさましいと、思ってしまう。観音経の終わりの部分に、そうした損得のレンズを捨ててすべてのものに慈しみの眼を...

頭陀袋087 すてきな雲水さん

2019-09-01

すてきな雲水さんが現れました。先日、各務ヶ原の清見寺の尼さんから紹介のありました石雲禅寺の尼僧さんが旅の途中、骨山に立ちよりくださいました。うかがえば名前は佐藤紹稟禅尼様、通称稟さん。お生まれは三重県...

頭陀袋086 開梛(魚梆)と玉鱗のはなし

2019-08-01

頭陀袋85号を見た信者さんから「生飯(サバ)台の話、良かったね。と言うより、昔、萬福寺へ行ったことが思い出されてねえ。あの回廊に釣ってある、でかい魚の写真、懐かしかったなあ。あれ、なんていうんだったか...

頭陀袋085 施食のはじめ

2019-07-01

あるとき、修行僧が閑静な木の下で座禅をしていました。すると、樹の上に猿が住んでいて、僧が食事をしているのを見て自分も食べたくなり、樹から降りて僧の前までやってきました。僧は猿に残飯を与えると猿は、鉢の...